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ようかん!
 二度寝というものには,魔物が潜んでいる.
 朝,目覚ましによって起こされた僕は,寝ぼけ眼でそのけたたましく音を巻き散らかし,安眠を妨げる獲物を探す.ベッドのまくら元を探り,それを掴むと時間を確認してスイッチを切った.8時30分.研究室行くにあたってぎりぎり間に合う時間だ.さて,起きよう.僕はそう思って瞬きを一つ,した.
覚えているのはここまでである.
 次に目を覚まし,意識を取り戻した時には11時を過ぎていた.この間に,何が起こったのか,僕にはまったく理解できなかった.僕は目覚ましを止めて,瞬きをしただけのつもりだった.でも,現実は二時間以上の時間を刻んでいたのだ.まるで,タイムスリップをした気分になる.誰もが一度は必ず経験したことがあるだろう.これが二度寝に魔物が住んでいると言われる由縁である.
「ああ」
 今更後悔しても遅いのだけれども,僕は小さくため息をこぼす.そして,重い体を動かしてベッドを抜け出した.どんなに,眠かろうが,しんどかろうが,遅刻をしようが,雨が吹き嵐が来ようとも僕は研究室へと行かなければならない.なぜなら,卒論生だから.
 多田に連絡をとると,今日は特にゼミもなく,先生も忙しそうだから,遅刻したことをそんなに気にしなくても大丈夫.と言ってくれた.その言葉に安堵の息を漏らし,僕は少しの余裕を持って学校へと向かった.

 アパートを出て,原付を飛ばして学校へと向かう.地方の大学ということで,最寄りの駅からも自転車で半時間はかかるため,ほとんどの学生が車等の文明の利器に乗って学校へ通っている.僕もその例外になく原付で登校していた.
 駐車場の端に愛車を駐車し,いつもの非常階段を登ると,みずこうに到着する.
「おはようございます」
 そして,ぎりぎり朝と言える時間に,挨拶をしながら僕は研究室へと入った.
「なんだよ,宇崎.いいタイミングで来やがって」
 おはよう.という挨拶を原咲や多田がしてくれる中,香川先輩はそうぼやいた.その先輩の手には小さな箱が抱えられている.
「なんですか,せっかくしっかり真面目に遅刻しても,来た後輩に対してそれはないですよ」
「うさぎちゃん,遅刻した時点で真面目じゃないよー」
 先輩はその箱を隠すように抱え込んで,僕に向かって子供がするように舌を出してあっかんべーをしてきた.その姿に呆れて,僕は「はいはい,遅刻してすみません」と,言いながら席に着く.
「先生は?」
 隣の席で,今日は珍しく真面目にエクセル計算にいそしんでいた多田に尋ねる.さすがに,卒論の提出が近付くにつれて,マインスイーパーや,ソリティアをする姿を見なくなった.そのことを思って,少しさみしくなる.卒論はこんな風に,人間の自由を奪って個性も奪ってしまうのだ.
「今は授業だよ,夕方まで帰ってこないっぽい」
 それなら,遅刻したことを詫びるのは帰ってきてからでいいだろう.僕はそのまま自分の席に腰を下ろす.
「ウサギがいなし,私のお土産を食べようって,思っていたのに.矢先にウサギが来るんだから」
 先輩が大事そうに抱えている箱を指しながら,原咲がそう言って,給湯室へと入っていく.
「なるほど,だからさっき先輩があんな風に言ったわけね,原咲,僕ももらっていいの?」
「いいよ,ウサギもお茶いるでしょ?」
 ポンっ,と小気味いい空気音とともに,原咲が尋ねる.お茶筒を開けた音だろう.「ありがたく」と返して,僕は立ち上がった.先輩の隙をついて,箱を奪おうとしたけど,先輩は僕の動きを華麗によけて,給湯室へと入って行く.
「多田も食うの?」
「うん」
 僕の声に反応し,多田も作業を止めた.給湯室へ向かうと,香ばしい玄米茶の香りが漂い,机の真ん中に開封された箱が置いてあり,中身が羊羹であることが分かった.
「どうしたの? このようかん」
「私のあばあちゃんが送ってくれたの.私甘いもの好きだから」
 4つの茶碗を並べ,適切な順序と手順を踏み,お茶が急須から注がれていく.1,2,3,4.と順番に淹れられることにより,均等な濃さの良いお茶が入るのだそうだ.
「味が3種類あるんだけど,どれがいい?」
 目の前にお茶の入った茶碗が置かれる.こういうときにしっかりと動いてくれる女子は本当にすごいと思う.
「じゃあ,普通のやつ」
 僕はそう言って,箱から普通の黒い餡の羊羹をとった.
「じゃあ,僕は栗のん貰うよ」

「お前ら,がそれなら俺はこれにしようかんな」
 先輩が僕らが選んだあとに,素晴らしくニヤニヤした表情で,白餡の羊羹をとった.
「先輩,その一番羊羹らしくない色の奴を食べるんですか? そんなの僕にはようかんがえられないです」
 多田が自分の羊羹の封を切りながら,とんでもなくニヤニヤした表情で先輩の選択にケチをつける.確かに,白い羊羹は少し,違う気がした.
「でも私は,先輩はこの羊羹を選ぶよーかんがしてたよ」
 原咲は自分の羊羹に栗を選んだようで,残った羊羹の箱を片付けながら同意の言葉をつぶやく.なかなかにニヤニヤした表情をながら.
 そして,全員の目線が僕に集まった,次はお前だよ.と言わんばかりに.
 ああ,わかっているよ.僕の頭はさっきからフル回転している.先輩がこれにしようかんな,なんてくだらないことをいった時点でこの戦いは始まっていたんだ.こうなるようかんはしていた.だから,しっかりと,僕だってようかんがえている.
「じゃあ,原咲ありがとう」
 仕方ない,今の僕にはこれしか残されていない.もう,後戻りなんてできなかった.変な汗が出てくる.これはもう,遅刻した罰なのかもしれない.
「みんな,ようかんで食べようか!」
 恥を捨て,僕は羊羹を手にしたまま言う.もっとも使い古された,定番の羊羹ネタ.
「は?」
 案の定の反応が返ってくる.3人ともが待ってましたと言わんばかりに.もう,その時点で僕の心は挫けた.甘い羊羹をかじる.その甘みには,渋い玄米茶が凄く合った.

 こんな感じで,みずこうの日々は進む,せーの「そつろん!」



「……,っておい,香川先輩ひとり,「ようかん!」って言ってんじゃねえよ!!」
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【2012/02/09 03:00】 | そつろん! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
いっぷく! ※そつろん5
「宇崎,俺……この論文を読み終えたら……けっ」
 暖房が効きすぎて乾燥してきたので窓をあけましょう,そう原咲が言ったため,冬真っただ中だと言うのに,みずこうの窓は開け放たれていた.先ほどまで暖房で温められた,ぬるくて不衛生さを感じる空気が充満していた室内は,今は肌を刺すような冷たい新鮮な空気に満たされている.
「結婚するなんてわかりやすい死亡フラグ言ってもおもしろくないですよ?」
 香川先輩はみずこう唯一の大学院生であり,研究内容は「水路の粗度係数推定手法」に関してである.水路というものは戦後復興期に集中的に整備されたものがほとんどであり,主にコンクリート製である.水路の目的はもちろん,水を運ぶことである.しかし,コンクリートの劣化や富栄養化に伴う水草の大量発生により,期待値よりも少ない量の水しか運べていない現状が今の農業農村地域における水路が抱える問題となっている.そんな水路の壁面,および底面の粗さの係数を計測し,そこから現在の状態から期待出来る水量を推測しよう,というのが先輩の研究内容の一部だったと思う.香川先輩は今,その水路の流量と粗さの関係を計算で表してみた,といった内容の論文を読んでいる.数式と言うのは本当にやっかいなもので,論文にひとつでも数式が垣間見えると一気にその論文を読む気力を失ってしまう.現に僕も,先ほど先輩に少しその論文を見せていただいたが,一向にページを進めることが出来なかった.
 そんなとんでも論文を大人しく読んでいた先輩がありがちなボケを言おうとしたところを,僕は事前につっこみ止める.
「けっこう高級なお姉ちゃんのいる店に行く!」
 が,この先輩にそういったテンプレートはまったく通用しないことを忘れていた.よりによって下ネタを選択してくるなんて.
「そうとう疲れていらっしゃるのですね」
「まあ,こんな数式とにらめっこして楽しい気分になれるヤツは変態か,ルカ・パチョーリくらいだな,……んっ」
 昼間っから夜のお店へと想い馳せる先輩はパソコンのディスプレイから目を離し,両手を頭の後ろで組んで上に大きく伸びをする.
 僕も先輩のその気持ちよさそうな仕草に誘われるように伸びをする.2人そろって大きく背伸びをした.にゅいーん.
「んっ……,確かにそうですね,数式に興奮する奴はルカ・パチョーリか,ポンスレくらいですね」
 すると僕たち2人の背伸びによって緊張感が切れてしまったようで原咲も立ち上がり背伸びをすると「ねえ,もう閉めていいよね?」と窓を閉め始めた.僕たちも自分の机の近くの窓を閉める.そして多田が立ち上がり,暖房のスイッチを入れた.ファンが回る音が響き,少し経つと温かい空気が送られてくる.すぐに,またぬるい空気がこの部屋を包み込むのだろう.
「先輩,数式と戦ってたんですか? お疲れ様ですね.そんなことして楽しめるのはルカ・パチョーリか,パウル・ギュルダンくらいですよ」
 多田が自分の席に戻りながらそう言うと,ギュルダーンと椅子を回転させて,座る.多田のパソコンの画面には相変わらずスパイダ・ソリティアが表示されている.おまえ,そんなにすることがないのか.
「そうだな,多田.俺ももう少しルカ・パチョーリやジョン・G・トンプソンを見習って数式と戦ってみるよ」
 香川先輩はゆっくりとした手つきでパソコンのディスプレイの淵をなぞると,どこか遠いところを見ながら,懐かしい戦友の事を想う表情を見せてそう呟いた.
「私,絶対にあなた達とは山手線ゲームをしないと,いま誓ったわ」
「会計の父は,基本だろ?」
 ひとり冷たい瞳でこちらを見ている原咲は,僕の言葉を聞くと静かに首を振る.
「認めなさい,ただルパ・カチョーリの語感がいいから言いたいだけなのでしょう?」
「原ちゃん,ルカ・パチョーリだよ」
「なっ,ルパ・カチョー,ル,ルパカ……」
 僕たちの言動へつっこむつもりが,先輩につっこみを入れられるという屈辱を受けた原咲は言い直そうとして,会計の父のドツボにはまってしまったようだった.顔を赤くして,わかりやすく照れると,冷静になった振りをして席につき,パソコンの作業に戻る.絶対にルカ・パチョーリを調べているのだろう.香川先輩は少し満足そうな顔をしていた.

「おい,一服しにいこうよ,宇崎」
 先輩が煙草を吸う仕草をしながら声をかけてくる.僕は普段から煙草を吸うわけではない,でもやっぱり卒論に追われ精神的に余裕がなくなってくるとそういった嗜好品は欲しくなってくるものだ.だからこんな風に先輩に声をかけてもらって,時折先輩のものを貰っている.いつか,自分で買うべきなのだろうけれどもそのあたり良い子ぶりたい僕には踏ん切りがつかないでいた.
「はい,行きましょう」
 僕たちは研究室を出て,非常階段に向かう.本来ならば喫煙所で吸うべきなのだろうけれど,みずこうのある棟から喫煙所は遠く,面倒なためいつも非常階段で吸っている.
 廊下から扉を開けて非常階段へ出る.下を見ると,授業を終えて帰宅するために駐車場へ向かっている下回生の姿が見えた.お前たちは授業が終われば帰れていいな.研究室とは違って,授業があれば来て,なければ来なくていい.分かりやすい学生生活だ.自分にもそんな頃があったのだが今となってはただ羨ましい限りである.
「ほれ」
 先輩もそんな風に思うことはあるのだろうか.いや,大学院に進学したということは,学ぶ意識が少なからずあるからなのだろう.自分学びたいことを,テストやわかりやすい数字で決定する成績ではない,どこまでも続く研究というものをやっていきたい,と考えたからなのだろう.今さらもう,学部生時代を羨むことなんてきっと,ないのだろう.
「ありがとうございます」
 先輩が手渡してくれた白い棒状のそれを受け取る.僕は右手の人差し指と中指の間にそれを挟んだ.少し慣れてきた手つきで,先につけ,口に咥えると一気に吸い込む.
 のどに滑り込むように入ってくる,白いそれは適度なのど越しと,歯ごたえがあった.すとん,と胃の中に落ちるとほんの少しだけ,満たされた気分になる.
「って,これ,うどんだよ!!」
 細長いうどんを,先輩も慣れた手つきで,手に取るとつゆにつけて咥えて,吸い込んだ.
「ほんとだ! これ煙草って思ってたらうどんだったー」


 信じられないくらいの演技力で先輩はそう叫ぶ.そして,一緒に僕も叫ぶ,せーの「そつろん!」
【2012/01/22 03:38】 | そつろん! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ほうそく! そつろん番外編1
 この世の中には二種類の人間がいる.
 私は最近までそれを「男か女か」程度にしか考えたことはなかった.もしくは人を使う人間か、人に使われる人間かなんていうのも私らしいと思う.でも,今は違う.はっきりとその問いかけに対する答えを持っている.
「理解できる人間か,理解できない人間か」だ.
 この研究室に入るまで私はなんとなくいろんな人間の考えることをわかったつもりでいた.それは,本当に浅はかで,まったく恥ずかしいくらいに“つもり”だったのだと,今では思う.
 裸であることを注意されてから,女子高生の制服を着ようとしている香川先輩を見ながら私はため息を漏らす.私にこの人間のことは理解できる日は来るのだろうか.



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【2012/01/19 16:02】 | そつろん! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ひるどき! ※そつろん4
 可愛いは正義である.
 これははるか昔,キリストかブッダだったか,孔子の教えにあったか,もしかしたらよくわからんオタクの発言であるかもしれない.とにかく素晴らしく正論であり,全員を納得させる完璧な格言である.
 可愛いは正義である.
授業の実験でミスをするのだってそうだ.可愛いクラスメートがやったのならば,そのやっちゃった,という焦りを孕んだ笑顔を見たとたんに許してしまう.てへっ,なんて効果音が聞こえてきそうなくらいだ.しかし,それをやったのが可愛いとは申し訳ないが,最善を尽くしたとしても言えそうにないクラスメートならば話は変わってくる.どれだけ可愛いを連想させるポーズや,愛想笑いをふるまったって無駄無駄無駄ッである.もしそのミスによって帰宅時間を左右されるのだったとしたら,尚更である.ここぞとばかりのため息を漏らし,適度なプレッシャーを与え責任を感じさせる必要がある.もう二度とミスをしないと心に誓わせてやらなければならない.
そのてへっ,なんて効果音が似合う仕草はお前がやっても意味ないんだよ.というかむしろ僕たちの心を逆なでしてるよ.
可愛い,と可愛くない.同じことをやったとしても,このように恐ろしいくらいに差が出る.そして,このガイア生誕以来,不動の理念にのっかっているものが「萌えアニメ」だと思う.
僕自身,そういった類のアニメが好きなわけでは決してないが.それらのアニメをふと見るたびに,感嘆の声をあげてしまいそうになる.なんという可愛いは正義,と.
ただ単に,女子高生がちょっと楽器を弾いて,お菓子を食べているだけでいいのだ.なぜって,可愛いから.可愛いから,わざとらしいキャラも,ただの日常も素晴らしく輝きだし,至極の作品と化す.なんとも簡単な世の中なものだ.
 きっかけは何か,なんてこの先輩には必要ない.順序や前振りなんて行儀のいいものは通用しない,恐ろしく口が緩いに違いない.思ったことを何も考えずに口に出してしまう.
「こむぎこ,って響きとかよくないか?」
 昼休みの時間になった僕たちは購買へ向かい総菜やパンをそれぞれ買い込み,研究室に戻ってきて食事を摂っていた.そんな時に不意に先輩がそう言った.
「四文字のタイトルで,可愛ければいいんだろ? 多田」
 突然話を振られた多田が口に含んだリンゴジュースを吹きそうになる.そこでマンガみたいに噴出さないところが多田のクオリティだなー,と僕は思う.
「なんで,僕なんですか,というかなんですかいきなり」
 本当にいきなりだった,熊本県人だったら団子にして食っていたに違いないくらいに,脈絡もなんにもないパーフェクトないきなりだった.
「なあ,萌えアニメって売れてるだろ? いや,お前詳しそうだし,な? 宇崎」
「そうですねー,多田は好きですよ.そういうアニメ」
 好き勝手に自分の話題を始めた先輩につっこみをいれようか迷ったが,今は食事に集中したかったので僕は適当に合わせておき,最近のお気に入りであるベーコンフランスを食いちぎる.
「ま,まあ.そうですよ.ゆる○り,らき○すたなんか有名ですしね」
 なんだか,伏せ字が役に立ってない気がしたが,気にせずに僕は食いちぎる作業に専念する.
「ということで,こむぎこ! なんてどう?」 
「なんですか,それ」
食べることに集中していようかと思ったが,僕は半ば呆れつつ先輩のどうでもいい談議につきあう.食事中くらい身のない話をしたって構わない.卒論に追われているといえども,それくらいの時間は僕たちにだって用意されている.
「こむぎこ! はだな,小麦粉のこむぎ娘を中心とした粉たちの日常を描いた人間ドラマだ」
「もう,小麦粉の時点で人間ドラマにはなりえないですよね」
「……でな,こむぎ娘のクラスメートは,しらたま娘で,いいとこのお嬢様ってやつなのよ」
「クラスメートって,小麦粉のくせに学校に通ってるんですね」
「やっぱり後輩もいるよな,後輩は片宮梨子」
「一気に普通の女の子みたいな名前にしてきましたね」
 湯水のようにあふれてくる先輩の適当な何の後先もない発言.それ一つ一つにジャブを撃っていく.そろそろストレートをばっちり決めて,今日の昼休みは終わりにしよう.そう,思って僕は先輩の次の発言を待った.
「主人公,クラスメート,後輩ときたらあとは何が足りない?」
 一般的なアニメを形成するキャラ設定を考えると後足りないのはなにがあるだろう.
「幼馴染とかどうですか?」
 そう思考を巡らせていると多田が控えめに発言した.さすが,その手に通じているだけはある.
「そう,こむぎ娘ちゃんの幼馴染」
 先輩はもう無駄な自信に充ち溢れていた.これで最後だ.どんな落ちがまっているのだろうか.僕はほとんど期待なんかしちゃいないが,最後まで聞いてあげよう.
「うどんこ」
 ああ,そういう感じね.ゆるい.
「うどんこ,ですか?」
「そう,うどんこ,たまにこむぎこちゃん,うんこって呼んじゃうの.間違えて」
「う○んこですもんね,そうですね……」



なんか,切れが悪い.まあ,そんな感じでもいいさ.ゆるければ.
せーの「そつろん」
【2012/01/17 03:18】 | そつろん! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ひといき! ※そつろん3
 豊かな人間と言うのは,豊かな生活から生まれるものである.感性豊かだったり,心に余裕がある人はそれ相応の生活を送っているものである.
 それはコーヒーひとつを取っても言えることである.自分のお気に入りの豆を自分で購入したあの挽くマシーンでまるでかき氷を作るように,しかしかき氷を作る時の手つきよりも余裕と優雅さを孕んだ手順で挽き,ドリッパーでじっくりと淹れる.その際,お湯の温度にも気を使う.湧きたてのものではなく,90度程度にまでさめたものを使う.生き物を扱うかのように,香りと音を楽しみながら,会話をするがごとき様子にあわせてお湯を継ぎ足し,さながら大地の恵みのようなコーヒーをあらかじめ温めたマグカップへと落としていく.雫が集まり,いつしか泉になり,あるで夜を溶かしこんだような一杯のコーヒーが出来上がる.なんとも豊かだと,素直に感心してしまう.
 インスタントコーヒーを使ったならば,ワンツースリーステップで出来上がるというのに.そんな風に感じてしまう僕の心はまだまだコーヒーの分野に関しては豊かさが欠落しているのだろう.でも,そんな僕でもまったくコーヒーへの愛がないわけではない.インスタントコーヒーとドリップで淹れたコーヒーの味の違いはわかるし,インスタントを入れるときだって出来る限り味を整えるために砂糖は入れないし,お湯も少し冷ましたものを使っている.気休め程度だけれども.

 一度,キーボードを叩く手を休めて背もたれに体を預けて上に伸びる.隣に目をやると,真剣な顔をして多田がスパイダーソリティアにいそしんでいた.
「おい多田.お前,僕をだましていたな」
 もたれかかった態勢のまま多田にそう声をかけると,瞬時に多田はパソコンの画面をエクセル計算の画面に変えた.そして白々しく,白々しさを隠すようにセルに数字を打ち込んで消して,別のファイルを開いた.なんとも自然すぎる作業の一部始終だよ,的な流れなんだ.
「コーヒーでも飲むか」
 僕は席を立ち,給湯室へと向かう.この研究室は学部生と院生が同じ大きな部屋ひとつに一緒に席を構えている.奥には教授用の部屋があり,そして隣の部屋が休憩室兼,給湯室になっている.仮眠用のソファーに,談話用の机,そして給湯の一式がそろっている.
 部屋に入り,先日原咲がお土産にと買ってきたちょっと良い(原咲談)ドリップコーヒーがあったことを思い出した僕は,それを取り出して自分用のマグカップにセットする.なんだか,いつものインスタントよりも豊かな気分だ.
 それに反して,香川先輩はまったく豊かではない.コーヒーに関してはそれはもう.
 コーヒーなんて,先輩にとってはどれも同じらしい.完璧な手順で淹れたそれも,安い缶コーヒーも,インスタントの粉の違いも先輩には全く感じられないというのだ.
「コーヒーなんて,どれもいっしょじゃん」
 この前,原咲が買ってきたこのコーヒーを皆で飲んだ時もそんなことをほざいていた.
 コーヒーがほろ苦い,大人が飲むのみものであることを考えるならば,まったく完全に誰よりも子供である先輩がそういうのも納得がいく話ではあった.
「宇崎―,俺にもコーヒーくれ」
 そんなことを考えている僕をよそに,先輩がだるそうにぼやく.
「そういえば,あれ淹れてくれよ.原ちゃんが買ってきてくれたあの上手いと定評のあるやつ」
「わかりましたー砂糖とか入れときますねー」
 まったく豊かさが足りないぜ,本当に.先輩に数少ない良いコーヒーを淹れるのはもったいないけれども,先輩のお願いを聞かないほどにまで僕は落ちぶれちゃいない.それに,いまは豊かなテンションだから素直に言うことを聞こうと思えた.世界の豊かな人間は常にこんな風な心の余裕を持っているのだろう.
 お湯が沸いてから数分待ち,適温になったそれをゆっくりと注ぐ.2人分のコーヒーを手に持ち,先輩の分は先輩の机の上に置いた.
「どうぞ,先輩.原咲がせっかく買ってきてくれた良い奴なんですから,ちゃんと味をわかって飲んでくださいよね」
「そんなこと言っても,どれもコーヒーなんてコーヒーなわけよ.」
 湯気の立つ中身に,息を吹きかけると先輩はゆっくりと口をつけで飲んだ.
「やっぱり,コンブーはうまいな」
 
 豊かな人間は,豊かな生活から生まれるものである.感性豊かだったり,心に余裕がある人は豊かで余裕のある生活を送っているものである.
 それはコンブひとつを取っても言えることである.自分のお気に入りの海で自分で購入したあの引くマシーンでまるで運動会のように,しかし運動会の時の手つきよりも余裕と優雅さを孕んだ手順で引き,じっくりと乾燥させる.その際,空気の温度にも気を使う.生き物を扱うかのように,香りと音を楽しみながら,会話をするがごとき様子にあわせて乾燥を見守り,さながらというかまさに大地の恵みのコンブをあらかじめ温めたマグカップへと落としていく.塩気が集まり,いつしか海の様になり,まるで夜を溶かしこんだようなコンブが出来上がる.なんとも豊かだと,素直に感心してしまう.
「さすがにコーヒーとコンブの違いはわかるんですね」
「まあ,さすがのおれでも黒いからってコンブーと,コーヒーの違いくらいしょっぱいと苦いだからな,わかるのよ!」 
 いちいちコーヒー,みたいなニュアンスでコンブを発言してくるところに香川先輩のノリノリ感が伝わってくる.コンブだけども.
「もしかしてここにカツオを入れたらもっとうまくなるの?」
 豊かさがどうとか,考えていた自分が馬鹿らしく思えてくる.僕は思わず笑いをこぼして,先輩へつっこむ.そして一緒に歌おう.
「それって,あれですね.カツオとコンブーの♪」
「あわせ」
「え? 何言ってんの宇崎」


 さんはい『そつろん!』
【2012/01/13 05:02】 | そつろん! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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