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スパイさ!! 
 僕は仮面を被った。
 彼女が自分の夢を追ってアメリカに行ってしまった5年前から、今日までずっと。
 
 怖かったんだ。恐かった。
 彼女と過ごした日々と同じままの自分でいたら、彼女との思い出の上に上書きするように、積まれていく記憶に、いつか彼女が消されてしまう気がして怖かったんだ、
 だから、僕はもう一人の自分になるために仮面を被った。
 でも、もう、いらない。
 その日が、来たんだ。わかるだろう。

…短編『その仮面を剥がして、笑ってみせて』

 こんなことだったら、お母さんに迎えに来てもらえばよかった。

 重いスーツケースを引っ張って駅前を歩き回っていた私は、立ち止まって小さくため息をついた。スーツケースに腰をかけて、ジャケットのポケットから携帯電話を取り出す。折りたたみ式のそれを開くと画面には5年間お世話になったホームステイ先の家族が映し出されていた。その画面の右端にうつるデジタルで表示された時計を確認するともう夕方の6時前で,私が駅に着いてから1時間が経とうとしていた。
 完全に迷ってしまった。
 もう自分がどこにいるのかわからない。私は日本では全く役の立たない携帯電話をポケットにしまう。
 バスに乗ることさえ出来れば、家に帰ることは出来るはずなのだけれど、肝心のバス乗り場の場所が分からなかった。

 5年間。
 過ぎてしまえばあっという間ではあったけど、その間に私の知っている町並みは消えてしまっていた。彼とよく待ち合わせ場所として使っていたアイスクリーム屋も、駅を出てすぐの場所にあったはずなのに、なくなっていた。
――春歌(はるか)。
 ふと、私は自分の名前が呼ばれた気がして周りを見渡す。
 だが、誰も私に声をかけた様子はなく、ひたすらにどこかを目指して歩いていく人たちだけが目に映った。
「迎えに来てくれたり、しないかな」
 目の前を通り過ぎていく雑踏を眺めながら、呟く。それは、奇跡でも起こらないかぎり絶対、起こり得ないことだった。

 彼とは5年前、私が高校を卒業するときまで付き合っていた。目立つほどかっこいいことはなかったけど、優しくて、とっても一途で、じっと私のことを想っていてくれた。でも、それは昔の話。
 私がアメリカに行ってからも最初の1年は手紙のやり取りなんかをしていた。でも私が(きっと彼も)忙しくなるにつれて、どんどんその数は減っていって、いつの間にか、まったくなくなっていた。
 自然消滅、というやつなんだと思う。
 だから当然、今日に私が日本に帰国することを彼は知らないし、約束もしていない。
「よし」
 とにかく今は、バス乗り場探さなくてはいけない。私は重たくなりかけていた腰を上げて、立ち上がる。
 といっても、現在迷っている私に1人で何かをすることが出来るはずもなく、ただキョロキョロと辺りを見回すことしか出来なかった。

「あのう……」
 誰かに聞くしかないか、と内心覚悟を決めていた私に、声が届く。その声は、どこか昔の彼のそれと似ている気がして私は少し期待しながら振り返った。
「何か、お困りですか?」
 そこに立っていたのは、真新しいスーツに身を包んだ、眼鏡をかけた青年。身長だけは彼に近いのかもしれないが、その他に彼と繋がるもはなかった。

「……え? あ、はい」
 せっかく声をかけてくれたその人に私は残念そうな顔をしてしまっていたと思う。失礼なことをした。私はすぐに気を取り直して、バス乗り場について尋ねた。
「バス停ですか、それなら駅を出てすぐの場所にありましたよ」
「本当ですか。まったく気付かなった」
 今までの1時間は何だったのだ。バス乗り場を探すために歩き回って、そのせいで逆に迷ってしまうなんて。
「この町は初めてなんですか?」
 彼はそんな鈍臭い私のことを少し笑って言った。なぜか、私はその表情に見とれてしまう。
「いえ、5年間アメリカに留学していたんです。だから、この町は5年ぶりです」
「そうですか……変わってしまいましたもんね、この町」
 彼は本当に寂しそうな顔をしていた。けど、すぐにその感情は消えたようで、柔らかな表情になる。
「まぁ、すぐにバス停はわかると思いますよ」
「ありがとうございました。あの、これアメリカのお土産なんですけど、1つどうぞ」
 私はスーツケースを開けて、その中から自由の女神を模したお菓子を取り出して差し出した。
 彼は「お礼なんて」などと謙遜する事なく、素直に「ありがとうございます」と受け取ってくれた。
「気をつけて下さいね。とりあえずこの道を真っ直ぐ進んで、青い看板のコンビニを右に曲がってください。そのまままた真っ直ぐに行くと駅の近くに出ます。そして」
 彼は丁寧に私に道の説明をしてくれている。お土産を快く受け取ってくれることといい、この優しさと言い、油断すると好感を抱きすぎて勘違いしそうになる人だ。
「そこの大通りを左に曲がったところにバス停はあります。そこをまだもう少し真っ直ぐに行くと、アイスクリーム屋があるんですけど、一緒にどうですか?」
「え」
「5年間までは駅のすぐ近くにあったんですけど、移転したんですよ。ほら、よく待ち合わせついでに一緒に行っただろ? 久しぶりにどう? 春歌」
 見知らぬ顔の彼は、私の目を見つめて笑っている。春歌は私の名前。どうして、知っているのか。なぜ、待ち合わせのアイスクリーム屋を知っているのか。どうして、『私が春歌』だと、わかるのか。答えは、簡単かもしれない。
 だけど、この人は彼とは違う。
「な、なんで? なんで、知ってるの!」
「ふふふ、わからないですね」
 彼は、不敵に、奇妙に、楽しそうに、笑った。
 そこからは、まるで、映画のワンシーンのようだった。

 彼は、自分の首元にゆっくりと手を伸ばす。もう片方の手で眼鏡をはずす。
 そして、首元の皮膚を掴むと、首から頭にかけて、一気に上へと引き上げる。
 赤ジャケットの世紀の大泥棒のように、一流のスパイのように、軽やかに、鮮やかに……

 見知らぬ青年は1枚皮を剥ぐと、私のよく知る、思い出と写真の中でしか長い間見ていなかった彼が少し大人っぽくなった姿と変わった。

「元気だった?」
 優しい、笑顔。まさしく、それは彼のものだった。

「どうして……どうして、私が”私だって”わかったの?」
 声が震える。
「そんなこと、簡単さ。わかるよ、春歌ってことくらい。おかえり」
 彼は両手を広げて、そう言った。
 もう、いいんだ。私は彼に会うことが出来た。忘れていない。
忘れられていない。
 私は自分の首元に手を伸ばして、繋ぎ目をつかみ、一気に上に引き上げる。ハリウッド製のメイクマスクを、剥がす。
 5年前の私に戻れているだろうか、変わっていないだろうか。
 でも、もういいんだ。この時がきたのだから。

「ただいま」


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【2013/05/25 21:05】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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