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とくべつ!
僕は少し前まで小学生だったと思う。
小学生のころの記憶はない、それはもう思い出というクローゼットのような箱に入っていて、自分が小学生だったという事象を認識しているだけで、それを証明する術も確認する方法もない。タイムマシンでも発明されない限りそれは難しい。
でも、あの頃の絶対的最強感には確信をもって生きている。それから卒業できないまま、21歳を5年間も続けている。

あの頃はほんの少しのことでスペシャルになれた。
ランドセルを前にぶら下げてみるだけで、いつもと違う道を通るだけで、小学校の学区外に行くだけで、非日常を味わえたし、大人になれた。
あの頃はほんの少しのことで不良になれた。
ランドセルの留め具を止めないだけで、上履きのかかとを踏むだけで、小学校の学区外に行くだけで、不良になれたし、大人ぶれた。
世界が狭いからだな、と今は思う。
世界が狭いから、自分の学区内だけで比較して、クラスで一番面白いやつが世界で一番面白いやつだと思っているし、クラスで一番かわいいあの子はきっとアイドルになるんだと思っている。少年野球をする彼は、野球選手になった時のためにサインを練習している。そういう絶対最強感があったことを今でも覚えている。
世界が狭いことをかわいそうだと思う人もいるかもしれないが、僕はそれをうらやましいと思う。世界が狭いということは、世界が広いことなのだ。僕はそんな風には生きることができない。世界は自分の身の丈にあった程度の狭さがいいに決まっている。例えば、僕が釣りが好きだったとする。思い返すと、小学校のクラスメイトの中では一番お金をかけていたし、釣りをする回数も多かった。秘密の場所も僕が一番知っていたに違いない。だから僕は、胸を張って釣りが好きだと言えたし、自信をもって釣りをしていた。それは幸せな時間だ。
でも、今の僕はそう言えない。僕自身はそう思っていても口にはできない。だって、彼の方が釣りはうまいし、すごい道具も持っている。素敵なスポットも教えてくれるし、なじみの釣具屋だってある。ほら、僕には到底見れない世界を知っている。それはもう、僕は釣りが好きなのではなく、知っているだけで、好きなのは彼の方なのだ。
特技は? と聞かれて僕はまごまごしてしまう。釣り、かもしれない。でも、彼の方が釣りはうまいし、特技として言うにはおこがましい、そうして僕は特技を失っていく。最強を失っていく。日常に散らばるスペシャルは減っていく。

ランドセルを前にぶら下げたからといって、大きな声で笑うことはできないし、上履きのかかとを踏んでいても、先生に怒られることはない。
シャープペンを使っていることがばれないようにビクビクする必要はないし、ロケット鉛筆にときめきを覚えたりは、しない。
18歳の僕はこっそりと煙草を吸っていた。初めて、タバコ屋さんでたばこを買った日のことを覚えている。冬だった。レモンシガーを買った。年齢を確認されたときの可能性を考慮して、小銭をポケットから取り出して支払いをした。財布をもっていませんよ、年齢確認証明書を出してといわれてもそう答えられるように。
そういう非日常が、今の僕には足りない。僕だけじゃない、世界にはそういうスペシャルが足りないのだ。年齢を重ねるにつれて、世界を広くしてしまい、それらが一般的で、常用的な事象であることを知れば知るほどに、非日常は遠くなっていく。
ニュースでハロウィンの流行の話をしていた。バレンタインを超えて世間をにぎわし、日本の商業を潤している。「非日常な感じがサイコーです」テレビの画面に映ったこぎれいな髪形をしたゾンビガールと有名テレビゲームの赤いおじさんはピースサインをする。ほら、世界は非日常を求めている。非日常を諦めきれない大人たちだけが、きっとハロウィンを本気にしている。20代がメインだ、とニュースキャスターは言っている。ほらね、と僕は共感する。僕だけじゃない、僕以外にもあきらめきれない屑がいるんだ。
僕はそれを見下しはしない、うらやましいと思う。ぼくも、こうなりたいと。
でも、僕の世界ではこの行為は「若気の至り」コーナーに分類されてしまう。非日常ではなく、こっぱずかしいものになる。こうなるなら、世界なんて狭いほうが良かった、とまた思う。

ほんの少しのスペシャルでいい。陶酔したい、自分の可能性を信じたい。こうしてだれにも「みられる」ことのない世界を広げることがいまの僕の足掻きなのだ。自己顕示欲を満たす行為。
煙草を吸ってみる。それはもう、20歳を超えたぼくには普通の行為で、何の背徳も特別もない。惰性のみ。そこに非日常はない。
僕たちに残された非日常への入り口は、仕事中にデスクから立ち上げり、オーケストラを引き連れてダンスしながら課長の頭に辞表を貼り付けることだけなのだ。
ランドセルの背負い方でも、帰り道の景色は変わらない。背伸びしても、法律を欺くことはできない。
縋るように、非日常を求めてぼくは今日もアイドルのコンサートに向かう。
キラキラと輝く彼女たちが生み出すステージに合わせて踊る瞬間。サイリウムの海に浮かぶ自分は非日常で笑っている。
有給を取ってアイドルのコンサートに行くことは、今の僕のクローゼットには入る箱がない。
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【2015/11/11 00:19】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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