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わらえる.2
 これは,私の話だ.私の話をしよう.
 私は愛と,恋を形にする仕事をしている.
 世界には奇跡や,偶然,そして運命が其処此処に散り散りに存在している.それらのひとつひとつに色をつけ,肉をつける.嘘を交えて,かき混ぜて,空気を入れて膨らませる.そしてそれを空に浮かべるときれいな形となってあたりにその存在を示す.そうして,恋愛小説が出来上がり,愛が世界を救い,恋で涙を流す人が生まれるのだ.
 このように,私は恋愛小説家と呼ばれる職業に就いている.
 恋愛とは奇跡と運命があってこそ,より輝くものだと私は思う.
 ハリウッド映画でもそうだし,泣けるラブストーリーにだって運命や奇跡は飽和するように詰まっている.私の今までの恋愛は普通でしかなかったのだ.だから,駄目だったのだとも今なら思えた.
 普通の少年が,病気でも幽霊でもない少女と,奇跡的な出会いではなくただの中学の同級生で出会い,忘却していた幼馴染でもなく,前世での宿命の敵でもない相手と,なにかを育むことなんて,出来たとしても,わくわく感や,ときめきや,盛り上がりに欠けるにきまっている.だめだ,だめだ.間違いなく駄目だ.
 世界にはこんなにも,奇跡や運命が転がっているというのに,そんな普通なものに目を奪われていては意味がない.
 時折,私は喫茶店へ行く.行きつけではなく,ふと思い立って入る.それは喫茶店でない時もあった.小さな雑貨店,シックな雰囲気のバー,そんな場所にひとりで入り,そして店の中で見つけた人に話を聞くのだ.
 それはもちろん恋愛の話だ.
 喫茶店でひとり,お守りを机の上において勉強に励む少女,手を繋いで雑貨を眺める老夫婦,大きなヒマワリの花束を抱えてバーで水を飲む男性,ひとりひとりが奇跡や運命,私をわくわくさせるような,恋愛を抱えている.一見普通で,どうしようもなくチープなものでも,それは角度と思考を突くとあっという間に奇跡に色づくのだ.
 私はそうして愛と恋を集めて,恋愛小説を書いていた.




 「どうして,真剣になれないの?」
 注文したコーヒーに,手をつけられる空気ではなかった.周辺の客に注目されない程度に,声を荒げて彼女はそう言った.目の前で私に詰め寄る彼女の瞳には,もう涙はなく,ただ泣いた後だとわかる程度に赤くなっていた. そんな目にしたのは私だ.私は,いま,ひとりの女性を泣かせているのだ,と頭ではしっかりと理解していた.そして同時に,困惑していた.こんな時に,気の利いた言葉をどのような文字を選択し,放てばいいのかまったくわからなかった.
「すまない」 
 だから,どうしようもなく,私は言葉少なくそう言うしかなかった.泣かせてしまってすまない,真剣に考えを返せなくてすまない,気を遣わせてしまってすまない,こんな私ですまない.
 そして,こんな私に好きという感情を抱いてくれて,すまない.
「すまない,って,なんなのよ」
 彼女の言葉には,明らかに諦めが混じっていた.これだけ言っても,これだけ機会を与えても,真剣に向き合おうとしない私へのあきらめ.
 付き合いだして,もう半年を過ぎようとしているのにもかかわらず,私と彼女との関係は,友達以上にもカテゴライズされない程度の,薄いものだった.お互いの譲歩で,やっと名字ではなく,名前で呼び合う程度の距離感. そんな関係に疑問を抱くのは当たり前で,きちんと向き合いたくなるのは当たり前の展開であった.
 だから「きちんと付き合っていくのかどうか考えましょう」という連絡が入るのも,痛いくらいに分かった.そして同意も出来た.だけども,そこで私の感情は終わりだ.真剣に考えて,彼女との燃え上がりもしない,冷めきりもしないぬるいスープをゆっくりと啜っているだけのような関係を改めようとも,そして断ち切ろうとも考えることが出来なかった.
「何か言って」
 数回瞬きをして,私の目を見る.彼女は小さくため息をついてそうこぼした.最後の,きちんとした最後の言葉は私に言わせる.それが彼女なりのけじめで,諦めるための準備に必要なものなのかもしれない.
「……もし,もし,ここで私と君の関係を継続したとしても」
 だから私は,駄目な男なりに,彼女が「真剣に話したい」と言ってから二週間近く連絡を先送りにしていたせめてもの償いに,自分の言葉を選ぶ.
「私には今までの関係を改善する,ことは出来ないと思う」
 すまない.こんな風に,この程度でしか君の事を考えることが出来ないのに,交際を申し込むことになってしまってすまない.私は心の中でさらに97回のすまない,と3回のありがとうを言って,その場を後にする.私が目の前にいては,彼女は涙を流さないし,嫌な顔もしないだろう,そういう人間であることくらいは理解していた.
「そう,なら,わかったわ」
「じゃあ,元気で」
 伝票をとり,彼女と私の分のコーヒー代を支払って店を後にする.
 この喫茶店は,待ち合わせをしていた男女の内,男性だけが先に帰り,小さく肩を落とす女性を無碍に扱うような店ではないはずだ.彼女の帰りはもう,店に任せよう.結局,手をつけることのなかったコーヒーはもう,すっかり湯気を失っていた.
 女性と交際し,真剣さに欠けるという不満から,別れるのはこれでもう4回目になった.

 店を後にして,私は携帯電話を取り出す.そして,友人へのメールを簡潔に打って送信した.
『すまない,駄目だった』
 4回目にもなるとさすがに友人にも,頭が上がらない.どんな言い訳も通じないだろう.私はホモセクシャルではないし,女性への恋愛感情も,下心も人並に持ち合わせている.でも,どうしても女性との交際が進行したことは,なかった.
 タクシーに乗って帰る気分にはなれず,私は駅を目指して歩く.
 彼女との出会いは,友人が私のために準備した食事会だった.友人の恋人の,友人,それが彼女だった.2対2で食事の席を設け,そこで紹介という形で友人関係から私たちはスタートした.
 友人に背中をけるように押されて私は食事に誘い,連絡を交わした.容姿は端麗であったし,傘を差す姿がよく似合う彼女は時折子供みたいに水たまりの上ではねて,それを見て可愛いと感じることもできた.
 だから,紹介してもらった友人の顔を立てるわけではなく,個人的な感情で私は彼女に交際を申し込んだのだ.
 そして,私と彼女の交際は幕を開け,そして同時にそこで進行を停止した.
 原因は,誰でもない私だ.

「何が不満なの?」
 夜の公園,手を繋ぐことなく,2人で歩いている時に一度,彼女にそう尋ねられたことがあった.
 湿り気と言うよりも,生ぬるさを孕んだ空気.花のつぼみが開き始めたことにより,香りが混在した甘い空気だったことを覚えている.あれは付き合い始めて数カ月経った春の夜の事だった.
「安心して,私は――さんが思っている以上には,――さんのこと好きだから」
 もっと別の答えが欲しいことは私にはわかっていた.ましてや恋愛小説を書いている身だ.このパターンの質問にはこんな答えがベターだと言う予測はついた.でも,そんな言葉を返すことが出来なかった.返したくなかった.
 私は,これ以上に彼女との距離を縮めたくなかったのだ.これ以上に好きになりたくなかったし,好きになっても欲しくなかった.
 しっかりと向き合って,思考して付き合っていくには,彼女との出会いは陳腐過ぎた.
 友人からの紹介で,必要十分に可愛く,必要十分に気があったから付き合い始めた.そんな2人にはその距離まで歩み寄ることしかできないと私は考えるのだ.
 今までの女性だって同じだった,同じ理由でフェードアウトしてきた.
 
 以前に交際していた女性も,決まった女性を作らない私を見かねた友人が紹介してくれた方だった.それじゃ,駄目なのだ.そうだ,駄目なんだ.
 世界には奇跡や,偶然,そして運命が其処此処に散り散りに存在しているわけで.私は,それを人よりも多く目にし,そして構成してきている.
 図書館で同じ本を取ろうとして手が触れ合う男女.
 記憶の彼方で忘却していた結婚の約束を交わした幼馴染.
 同じ名字で夫婦,とからかわれる同級生.
 いつも同じ車両に乗っていて,気になる彼女.
 タイムカプセルに入れていた結婚届けでの告白.
 復讐の相手の娘.
 落とした財布を拾ってくれた相手.
 一見チープでも,多くの偶然が重なって,奇跡と姿を変えるいくつもの出会い.
 気がつくと,駅の近くまで来ていたようで,2人で同じような顔をして笑いあうカップルがいくつか見えた.君たちはどんな風に出会い,どんな偶然から奇跡を見出して,そんな風に笑いあっているんだ.知りたい.そして,描きたい.読むと誰かに会いたくなる物語,好きな人と分かち合いたくなる奇跡を.

 そして,私はそれらの奇跡に負けたくなかった.
 私は欲する.
 誰よりも劇的で,奇跡に充ちた出会いを.
 運命的で,残りの人生をともに分かち合えるほどの相手を.
 たとえ彼女が数年の命であろうとも,数パーセントの確率にすべてをかけることが出来るような情熱的な恋を.
 普通じゃない,奇跡を.もっと.出会いを.
 ああ,そうか.だからだ.
 人の流れに混ざって,駅の改札に吸い込まれていきながら私は理解した.少し,すっきりした.電車に揺られて家に帰ろう.そして,新しい物語を考えよう.今日ならいいものが書けそうな気がした.

 ああ,そうだ.恋愛小説家には,恋愛は出来ない.



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【2012/06/10 02:19】 | 短編小説「わらえる.」 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
好きなフレーズってのは一番最後のやつかい?
それにしてもリア充な内容だね、そして我が儘。
でもって共感出来るような。

要するにボクは仮に付き合えたとして何をどうすればいいのかなんて思い付かない。

でもきっと付き合えば真剣になれる、と信じたい。

【2012/06/10 21:23】 URL | さとっちゃん #-[ 編集] | page top↑
Re: タイトルなし
>さとっちゃん
 そうよ.最後のワンフレーズ.
 このネガティブな感じの非定形がお気に入りです! 最近のお気に入り.
 
 リア充してるんかな? そんなイケてる感じには書いたつもりはなかったんやけども.なるほど.
 
 共感してくれてありがとう.そうなんだよ! 僕たちはね,期待しちゃいますからね.そんな奇跡を.
夢見る少女たちが,白馬に乗った王子様を待ちわびる様に,大人になりきれていない童貞で,精神少年たちは地上に舞い降りた天使を,求めちゃうのさ...
 そして,経験則だけども,真剣には,案外なれない.難しい.
【2012/07/02 23:30】 URL | ざきこ。 #-[ 編集] | page top↑
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