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つめきり! 
 久しぶりに,短編サイズの小説になりました.
 男しか出てこない,恋の終わりと,そレを乗り越える一歩をふみ出すお話.読み終えていただくと,きっとわかりますが.そんな内容を謳ってるくせに,男子寮で,ただ煙草吸って,餃子作って,爪を切るだけのお話です. 
 ねこ先輩と,あなるさんは僕の先輩をモデルに作りました.というか,これ自体が僕の思い出のこもったお話です.こういう,お話をもっと書きたい.
 男子がただ,連れションをするだけのような,ただ記念撮影を取るだけのような,一瞬を切り取っただけのお話.でも,見る人が見ると,懐かしい気持ちや,共感してもらえるような話.
 ゆっくり,時間がある時に,何かをし”ながら”読むような,そんな気持ちで楽しむものとなってます.














「乳首のまわりの毛,のびましたね」
 両の手をクロスして,着ていた白い犬のキャラクターが描かれたTシャツを脱いだねこ先輩の上半身を見ると,ふとその部分に目が行った.僕はすでに全裸になっていて,もってきた風呂桶を抱えて先輩が服を脱ぐのを待っている.脱衣所の床にはすのこが引いてあるのだけども,それは前の利用者たちの身体から滴る水滴によって,必要以上に湿っていて,足元が少し気持ち悪かった.でも,その気持ち悪い脱衣所も寮での生活を4年続けていると日常茶飯事の一部となり,気にするに足らない些細なものとなっている.それを諦めと呼ぶのか,慣れと言うべきなのか.
「最近手入れしてないからなー」
 先輩は服を脱ぎ終えると,半透明の黄色い風呂桶を左手で抱える.自分の乳首の周辺を見て,数本生えた,長い毛をその右手で撫でた.
「抜かないんですか? きもいですよ」
 僕は真面目ぶった表情を作り,先輩の乳首周辺に手を伸ばす.先輩が自分で手入れが出来ないなら,僕がしてあげましょう.
「おい,ちょいちょい」
 ねこ先輩は,僕の行動にすぐさま反応して,伸ばした手を叩いてくる.「やめんかい」そう言って,ただでさえ細く切れ長の目を,いっそう細くして笑った.
「うそですって」 
 先輩は笑うと,目じりにしわが出来る.そのしわが,僕は好きだった.優しそうに,愛おしく笑うその笑顔が好きだった.でも,最近の先輩の笑顔には,以前にあったすべてを許してくれそうな,柔らかい優しさが感じられない.細い目をいっそう細くして,笑う.でも,その笑顔の裏には,穴のあいた靴下のような切なさを孕んでいる.その切なさは,少しずつ,先輩のらしさを確実に奪っていた.
「えっへっへ」
 僕は軽くへらへらと笑いながら,大浴場の扉を開く.僕とねこ先輩が暮らすこの男子寮「佐藤寮」では,風呂は共同で大浴場を使わなければならない.ひとり暮らしでは決して味わえない,毎日に両手両足を伸ばして,湯船に疲れると言う贅沢.その引き換えに僕たちは,毎日見たくもない男どもの全裸を見なければならないのだ.
 隣同士で椅子に座り,シャワーのコックをひねる.出の悪いシャワー.最初の数秒は冷水しか出ないこのシャワーも今となっては日常のひとつだ.
ねこ先輩はあの日を境に洗濯を一週間に一度しかくなった.吸う煙草のタール数が増えた.声が少し小さくなった.学校へ行く回数が増えた.
「それ,頭洗う時不便じゃないんですか?」
 僕は暖かくなったシャワーで頭を濡らしながら,先輩に訪ねる.
「ぜんぜん.大丈夫」
 先輩のシャワーはまだ冷水のままのようで,シャワーヘッドから出てくる水の温度を右手を濡らして,確かめている.
 僕の隣に座る先輩の乳首のまわりの毛は,長い.でも,それ以上に長く,目に入るのはその両の手の爪だった.
 女子でもなく,オカマでもない,ギタリストでも,ネイルアーティストでもない,普通のただの3年留年の男子大学生のねこ先輩の爪はまるで付け爪をしているかのように,女子顔負けに長かった.
 彼女にフラれてから,ねこ先輩が爪を切ることをやめて,二か月が経つ.
爪が長いから,ねこ先輩と呼んでいるわけではない・金子ヒロユキ.かねこ先輩.ねこ先輩.そんなものだ.
今日も,先輩の爪は長い.
 
「佐藤寮」
 まるで,人の名前のようなこの,地方国立大学の男子寮は,4階建てのコンクリート構造物である.
 風呂は共同,トイレは各階にひとつ.洗面台も同様.潔癖症の人間が目にすると,アレルギーで下手をすると死に至る程度の衛生状態の共同の炊事場も,各階にひとつづつあって,今日もそこでは,男どもがインスタントラーメンに注ぐためのお湯を沸かしている.
 僕がその佐藤寮での生活を始めてから, 4年目になっていた.同じ屋根の下で,一緒に風呂に入り,毎日おはようのあいさつを交わす内,4年もたてば,そんな寮にも愛着がわく.おかえりを,言ってもらえる幸せ.一緒に食事を食べる楽しさ.プライバシーなんてもの,この空間にはほとんど存在しないけども,それと引き換えに,それ以上の交友関係と充実が,ここにはあった.
「よくそんな,生活でやっていけるな」
 寮の話をすると高校時代の友人に,こんな風に言われることがあった.たしかに,いい歳をしたオトコノコが,プライバシーのほとんどない生活を送れるかどうかで言えば,ほとんどの人間がノーだろう.でも,そういう事を言ってくる友人たちにはいつも,僕はこう答えている.
「住めば都っていう,偉大なことわざがあるだろ」
 バラエティー番組を,皆で笑いながら観る.サッカーの試合があれば,ゴールするたびに,寮内を駆け回りハイタッチを交わす.ひとりが酒を飲み始めたら,気がつけば飲み会へと変わっている.3Dで観れるというアダルトビデオが出れば,みなで一緒に試写会が行われる.誰かに彼女が出来れば,祝いにビールをかける.「おかえり」を言ってもらえる空間.
 ひとりでの生活なんて,考えられない.

 風呂を上がり,寝巻に着替えて,4階への道のりを進む.僕とねこ先輩は,4階に住んでいる.先輩は爪の長い手で,器用に指の腹を使って髪を洗っていた.
「晩御飯どうしますか?」
 リノリウムの階段を登っていく.まだ,夏らしい気温ではないから,風呂上がりに服を着ていても気にならないが,これが夏に近づくにつれて,鬱陶しくなり,皆風呂上りに服を着ることをやめて,パンツ一枚でうろつくようになっていくのだ.その季節も,もう近い.
「スーパー行くか」
 風呂をあがる時に確認した時間は,夜の八時半を過ぎていた.寮から一番近いスーパーの総菜たちが半額のシールを貼られる時間だ.
「いいですね,あなるさんが帰ってきてたら車出してもらいましょうよ」
「おーい.あなるうう」
 ねこ先輩は階段を登りながら,上階へ向かって叫ぶ.これが,僕たちの日常だ.排泄のための機関を叫ぶと,人の返事が返ってくる.
「なんすかー,ねこさん」
 速足になり,階段を登りきって,4階にたどりつく.寮の各階は50メートルほどの廊下が伸びていて,その両サイドに部屋が7部屋ずつあるという作りになっている.その内のひとつ,共同で使っている部屋からあなる先輩が出てきた.大学院の1年生の先輩.眼鏡に,モサモサの髪の毛が,院生と言う雰囲気を分かりやすく醸し出している.
「おかえりなさいっす.スーパー行きましょうよ」
 そのモサモサの髪の毛を触りながら,僕はスーパーに行く誘いをする.「やめなさい」と,先輩はお決まりのように僕の手を払った.先輩の背は低く,撫でるのにいい位置に頭が来るのだ.
「あなる,車出して」
 ねこ先輩は,部屋に風呂桶を戻して,寝巻の姿のまま財布を持ってきた.僕も,部屋へと戻り,一枚アウターを羽織って,外出の準備をする.東京の大学生のことを,想像する.すぐそこのコンビニに行くにも,わざわざ香水までふって彼らは外出するのだろう.僕たちの生活にそんな,着遣いはかけらもなく,寝巻でレンタルショップにだっていく.今日だって,買い物くらいでわざわざ着替える程の意識なんてさらさらない.
「おーい,先に下に降りてるぞー」
 あなるさんの声がして,2人の足音がする.「車出すんで,なんか奢ってくださいよ」そんな話し声が遠くなっていく.僕は適当にドライヤーで髪の湿気を飛ばして,階段を駆け足で降りていった.
 少し,速足で階段を降りるだけで,僕は2人に追いつくことが出来る.遠く離れていない.あと,1年もたたないうちに,この2人と,離れて暮らすことを,時折考える.それは,あると思って口を付けたマグカップに何も入っていないような空虚.まだ,その時は来ていない.まだ,僕は大丈夫だ.まっすぐ,2人の背中に付いて歩いていられる.
「今日も,飲みますか?」 
 僕は,ロビーで待ってくれていた2人にそう持ちかける.「あたりまえ」ねこ先輩は,細い目をいっそう細くして笑い,「俺,もう日本酒買ってるよ」あなるさんは得意げに,僕を見てそう言った.
 ねこ先輩がフラれてから,飲む頻度は確実に高くなった.今日も,飲みながら,僕とあなるさんはねこ先輩に爪をどうやって切らせるか,外堀を埋める様に,会話を交わすのだ.でも,ねこ先輩はもと彼女の話を,まったくしない.もう,ふっきれた,そう言って笑うだけだ.
 でも,違うのはわかる.理解できる.
 ねこ先輩の爪が短くなった時,それが本当の恋の終わりであり,歩き出すスタートの合図なのだ.

―――――――――

「日本人の,素晴らしいところは,律儀と礼儀なわけだ,わかる?」
 僕が寮に入って,間もないころ.まだ,留年をしていないねこ先輩が,共同の部屋で爪を切っていた.広告の紙を下に敷いて,愛おしそうに一本一本,丁寧に切っていたことを覚えている.まだ,僕は先輩の事を「金子先輩」と呼んでいた時の話だ.
 咥えた煙草からは,ゆるりと白い煙が上がっていて,一本きり終えるたびに,指で挟んで灰皿に灰を落とす.その,一連の動作がすごく画的だった.どこかのドラマから,ワンシーンだけひっぱり出してきたような,そんな空気.もう,3年も前の事だし,そのときの4年生の先輩なんて,すごく大人に思えていたから,そういう補正の所為もあるだろう.
たしか,このとき,僕は爪の切り方が上手ですね,なんて惚けた発言を投げかけたのだ.
「そう,なにごとにも手順を追って,きちんと臨むのが,日本人らしさ」
 こんなことを恰好よく,煙草を燻らせながら,逆光に包まれて語るねこ先輩を,僕はあこがれの対象を見る様に眺めていた.「たしかに,そうですね」なんて,言っていただろう.
「食事の前には,手を洗う.そして,いただきます.スポーツの前には,準備体操.そして,よろしくお願いします」
 ねこ先輩は,切り終えた爪に次は,一本一本丁寧にやすりをかけていく.ほかにも,敬語だったり,外出するときに靴を履くこと,なんかを言っていた.それらは,教育によって,必要な手順として当たり前のものとして,僕たちは学んできたのだ,そういうことらしい.
 僕は,寮の上下関係というものを,そういう点にフォーカスを当てて教えてもらえているのだと,真剣にその話に頷いていた.寮というものは,共同生活であり,上下関係や.人と人との礼儀.そういうことをないがしろにしてしまうと,きっとうまくいかない世界なのだ.先輩の教えを聞きこぼすまいと,僕は前のめりになる.
「爪を切るのも,同じ」
 すべてに,やすりをかけ終えて,先輩は短くなった煙草を灰皿に押しつけて消した.銘柄はラーク.それは「言葉よりも,語るもの」
「食事の前に手を洗うように,俺はセックスの前には爪を切るんだ.いや,手を洗うから,食事をとれるように」
 ねこ先輩は,細い目をいっそう細くする.それは,もう,開いているのかいないのかわからない程に.もしかしたら,寝ているのかもしれない.僕はそう心配になった.
「爪を切るから,セックスをするわけさ」
先輩は二本目の煙草に火をつける.銘柄はラーク.Lark.日本語訳で「ふざけ,戯れ,冗談」
 この日だけでなく,先輩が爪を切る姿は,よく見かけた.そのたびに,僕はなんとも言えない気持ちになっていた.ねこ先輩と,呼ぶようになってからは,その姿を見かけると「今日もですかー」なんて,笑いながら話しかける様になった.爪を切りながら,ラークを燻らせる先輩と同じ部屋で,僕も同じ銘柄の煙草に火をつける.ふざけ,なんていう素敵な煙草に.
 爪を切る姿を見なくなった今,それはそれで,何とも言えない気持ちになる.
 どうにかして,先輩には爪を切ってほしい.それは,僕だけの思いではなく,皆の思いでもあった.

――――――――――

 皆の思い,なんて大層なことを言ってみたが,実はそれほどたいそれた問題にはなっていないし,真剣に取り組んでいるわけでもない.
 ただ,爪が長いだけなのだ.
 気がつかない人間はまったく気がつかないし,最初こそ,みながどうにかして爪を切らせようとしたけども,それは特に成果を見せずに,ただ祭りとなっただけだった.爪が長いくらい,いつか嫌になって切るだろうから,放っておいていいじゃないか,そうなっていったのだ.
 強制的に切らせることもできるのかもしれない.けれども,それでは意味がない,というのが僕とあなるさんとの共通の意見だった.ねこ先輩は失恋したのだ.それは,4年近く連れ添った相手との別れ.劇的な生活の変化.他人に強制されて乗り越えるものではなく,自らの意思で,進むものなのだ.日本人らしく,きちんと手順を踏んでほしい.
セックスをするから,爪を切るのだ.
爪を切るから,セックスをするのだ.
爪を切らなくなった今,爪を切ってこそ失恋にケリをつけることが出来る.

 といっても,そう意気込んでから二カ月になろうとしているのだ.そろそろ,単刀直入に,爪を切ってください.と言ってもいいのかもしれない.と,思い始めていた.
 セックスをするから,爪を切ると言うのならセックスをするためのお店に連れていけばいいんじゃないか,という作戦も,失敗に終わった.
 北風と太陽を,ふたりで読んで,一晩真剣にお酒を飲みながら考えた日もあった.
 ねこ先輩に新しい爪切りをプレゼントもした.せっかくのプレゼントなので使ってくださいよ,と使い心地を聞いてみると綺麗になった足の爪を見せてくれた.
 ねこ先輩の前で,これ見よがしに2人で爪を切ったこともあった.
 ここまできたら,2人対1人での,意地の張り合いにもなっているのではないか,と疑問思い始める.
 でも,僕たちは「爪を切ってください」と,単刀直入には言わない.それが,このやり取りの唯一のルールであり,意味でもあるのだ.
 
――――――――

 ねこ先輩が失恋をした日から,ちょうど二カ月目になる日.研究室から帰ってきた僕は,あなるさんの部屋に向かった.ノックをして,鍵がかかっていない部屋の扉を開く.あなるさんも,研究室から帰ってきていて,部屋でラジオを聞いていた.
 僕はソファに腰掛けて,あなるさんの本棚から漫画本を勝手に選ぶと,そのまま読み始める.
「ねこさんは,スロットしに行ったよ」
 あなるさんは,パソコンで聴いていたラジオの再生をやめてそう言った.机の上においていた眼鏡をかけて僕から漫画を取り上げる.
「あの長い爪で,ちゃんとボタン押せるんですかね」
「いつもより,指が長いわけだもんな」
「耳かき屋があるくらいなら,爪切り屋もあってもいいのにな」
 もし,仮に爪切り屋があったとしても,そこにどうやって連れて行くかが課題となりそうだ.さすがに二カ月が経てば,アイデアもやる気も枯渇に向かっていた.よく三人で,僕たちは料理をする.でも,そのねこ先輩の長い爪が気になって,最近はあまり出来ていなかった.
 そういう,僕たちの日常のそこここにも,少しずつ変化の影響は出てきているのだ.

「今日の夜,何食べますか?」
「餃子」
 ソファから立ち上がり,尋ねると速攻で答えが返ってきた.
「さっき,ラジオで餃子の話をしてて,食べたくなったんよ」
「いいですね.じゃあ,今日は僕が車出すんで,買い物行きましょうよ」
 部屋に戻り,車の鍵を取ると,あなるさんと2人で餃子の皮と,たくさんのビールと,ひき肉たちを買いに行く.日本酒が好きなあなるさんも,さすがに餃子を食べるとなると,ビールを飲むと言った.ビールと言いつつ,僕たちはまだ学生で,特別な時や,奮発したい時にしかビールは買わない.いつも,ビールに届かない発泡酒を,冷凍庫で冷やしたジョッキに入れて飲むのだ.
 誰かと,乾杯をして飲む発泡酒は,仕事から帰ってきてひとりで風呂上りに飲む生ビールなんかよりも,格段にうまいに,違いない.
 買い物を終えて,寮に戻ると,共同の部屋でねこ先輩が煙草を吸っていた.
「スロットどうだったんですかー」
 僕は炊事場に買い物の成果を置き,ねこ先輩のいる部屋へ入ると,正面に座って煙草に火をつけた.
「だめだめ」
 ねこ先輩はいくつかの駄菓子を机に広げていて,そのうちのひとつを僕に差しだす.舌でなめるとぱちぱちとはじけるソーダ味のするキャンディ.スロットでは,端数のお金は清算されるのではなく,このような駄菓子として変換されるのだそうだ.
「いただきます」
 まだ,吸いきっていない煙草を灰皿に押し付けて立ちあがる.あなるさんは,すでに下ごしらえを始めているはずだ.餃子を作るんだ.
「ねこ先輩,晩御飯食べましたか?」
「あ,うん.食べてきた.ラーメン」
「そうですか」
 餃子ももしかしたら,そこで一緒に食べてきたのかもしれない.僕は,その些細なすれ違いに少しさみしさを覚える.
「ねこ先輩.彼女にふられて,今日でもう二カ月になりますね」
 そのさみしさに押されるように,普段なら言わないようなことを言ってしまった.わざわざ,その日を自覚させるだなんて,無意味な言動だ.
「……だな」
 ねこ先輩は,携帯に一瞬目をやり,そして新しい煙草に火をつけながら,そう言った.ライターを点ける右手も,煙草を挟む左手も,どうように爪は長く,痛々しくとがっていた.
「今から,あなるさんと餃子作るんです」
 とくに,誘うわけでもなく,僕はそう言い残して炊事場へ向かう.炊事場では,まだあなるさんが掃除をしていた.僕たちの寮での調理の時には,まず片付けから始める必要があるのだ.
 僕も,洗い物を手伝い,必要最低限の清潔さとスペースを確保してから,料理を開始する.
 刻んだ野菜の水分を飛ばし,すりおろしたニンニクとショウガ,そしてひき肉を混ぜ込む.ごま油を回しいれて,さらに混ぜ込み,タネが完成する.
 あなるさんは,ちょっとのことにこだわりを持つところがある,餃子を作るときだって,野菜に塩をかけて水分を飛ばすだなんて面倒なことをやりたがるし,包丁だって切る対象によって使い分ける.でも,その変なこだわりがおいしい料理につながるわけで,僕は少し面倒だけれども,先輩の料理の手順が好きだった.
「また,そんな七面倒臭いことするんですか」
 なんて,嫌な顔をしながら,そのやり取りを楽しんでいるのだ.餃子の皮に関しても,ゼロから作ろう! なんて言いだしたのだが,,それだけは本当に面倒だったので,出来合いのものを買うことにしていただいた.
 タネが完成して,皿を準備すると,あとは包んでいくだけになる.
 誰かと料理をするという共同作業は,ほんとうに人と人との距離を近づけるいいものだと思う.文化祭のコンパクト版だ.
 誰かと協力して,何かを完成させると言う行為には,少なからずの魔法を孕んでいる.文化祭で,クラス全体で,劇を完成させるように,僕たちは丁寧な手順を踏んで,餃子を完成させていく.そして,それを一緒に食べるという達成感が,素晴らしいディナータームを生み出すのだ.

「なあ,俺も包むわ」
そう.だからきっと,これは,餃子のニンニク臭さと,ビールへの期待感が生んだ魔法のひとつなのかもしれない.
きっかけなんて,単純なものだ.
「このびらびらを,濡らして,丁寧に,愛でる様に,つつんでいくわけですね!」
 僕とあなるさんが,そんな風に,男子寮らしい発声をしていた炊事場に現れたのは,ねこ先輩だった.
「ねこさん,いいですよ」
 あなるさんは,その登場に特に驚きも,感動もせずに,普通にいつも通りに返す. 
「聞いてくださいよ,ねこ先輩.あなるさんの――」
 だから,僕も何にも触れずに,言葉を続ける.
「なんだって.そんな,イケナイ発言しながら,このびらびらを作っていたんか」
 指先を濡らし,スプーンでネタを取り,皮で包んでいく.先輩の指の爪は短い.
 餃子の皮で包むのが一番うまいのは,ねこ先輩なのだ.
 
「なんか,ありがとな」
先輩,僕たち覚えてますよ.先輩が,初めて元彼女の家に行った時に一緒に作った料理が餃子だったってこと.昔に言ってましたもんね.先輩の好物で,そのことが嬉しかったんだって.
「なんですか? ねこ先輩」
 ビールじゃないけど,発泡酒だってたくさん冷えていますよ.今日はゆっくり話しましょう.二ヶ月間話出来てないこと,話したかったこと.
 ねこ先輩の目は,今日も開いているのか,いないのか分からないくらいに細い.その目をよりいっそう細くして笑う.僕たちもその,笑顔に誘われるように声を大きくする.
  もしかしたら,彼女へ送ったメールに返信があるかもしれませんよ.だって,先輩は爪を切ったんだから.ずっと,切ってなかった爪を切ったんだから.セックスをするために切っていた爪.セックスをする機会がなくなってから,切らなくなった爪.それを切ったんです.
すぐに,伸びます.爪くらい.
 そんなすべてを込めて,僕はねこ先輩の乳首辺りを,餃子のタネがべっとりついた手でつねる.
「乳首のまわりの毛,抜いてあげますよ」
 なんて,言って.
 
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【2012/09/10 01:31】 | 短編小説 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
清々しいですね。
短編、ということもあり一気に読んでしまいました。
さいきんの! を読んだ後だったので尚情景が思い浮かぶ感じで。
久しぶりに清々しい風を頂いた気分です(*^-^*)
【2012/09/25 11:53】 URL | あーちゃん #-[ 編集] | page top↑
No title
>あーさん

コメント―!!
ありがとございます!!
そうですね.さいきんの,あれの想いがまさにこもっています.すがすがしい,というかなんだそれ,というすとん,と落ちてくような感覚になっていただけたのであればすごくうれしいです.
【2012/10/10 00:01】 URL | ざきこ。 #-[ 編集] | page top↑
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