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あきよる!
 先輩の講義が終わるのを待って買い物に出掛けた僕たちが、帰路につくころにはすっかり日が傾いていた。
 つい数時間前まで、太陽の光が少し温かい空気を作り出していたというのに、沈んでしまうとあっという間に夜の空気になる。ほんのちょっと冬を感じさせる風が吹いて、秋が遠慮がちに道をあける.風に揺られるキンモクセイの香りはほんのり冷たく,先輩の髪の香りと混ざって消えていく.見上げるとそこには澄んだ星空が広がり始めていた。

「買い物に付き合ってあげる」
 そう言って僕を街へ連れ出したのはちか先輩だった。
 ここ最近の先輩は,僕の冷蔵庫事情を把握していて(ほとんど毎日僕の家でご飯を作っていれば、それは当たり前のことかもしれない)、切れた砂糖と卵を買いに行くということだった。
「先輩! なんでこんなたくさん荷物があるんですかー」
 しかし、いざ街に出るとたかが買い物が食材だけで終わるはずがなかった。先輩に引っ張られながら僕は雑貨屋や、CDショップ、ファッションビルを回らされて、気がつけば両手が塞がっていた。
 買い物に付き合ってあげる、というのは嘘だったのだろうか。毎回のことではあるが、僕が買い物に付き合っているというのが正しいのは明白だった.でも,僕はそれを咎めないし,もしもこの時間が失われるのであればそれを全力で阻止するだろう.そんなものだ.
「だって、せっかく行ったらねー」
 先輩がそう言って嬉しそうに僕の隣を歩く。先輩の両手は何も持っていなくて軽々しい。きちんと,僕にその嬉しい気持ちがわかるように,にへら,と目を一杯に細くして笑い,時折その軽々しさをアピールしてくるりと回ったりした.僕たちは街から電車を乗り継ぎ,大学からも街からも少し離れた学生マンションも多い郊外まで帰ってきていた.
「今日の晩御飯は鍋なのです」
 長い髪を揺らして先輩は僕の前に立ちはだかると、真剣な表情を作って今晩の献立を告げる。まるで秘密の場所を誇らしげに教える子供みたいだ。「キョウノバンゴハンハナベナノデス」僕はその得意げな先輩が愛おしくて,その感情がくすぐったくて,茶化すように繰り返す.
「それは、実に素敵なプランですねー」
 そしてそう言って僕は少し痺れてきた両腕に力を入れて一度荷物を持ち直す。鍋だから、こんなに野菜が多いのか。
「でしょ? だから、君に指令を与えます。家についたらこたつを出してください」
 先輩が隣に並んで歩き出した。相変わらずその足取りは軽い。遠くで犬が鳴いている.夕が夜へと移り行く空気.
「えー、面倒ですよ」
「出さなきゃ作ってあげないよ?」
 こたつは,どこに片付けたっけ.そんなことを考えながら僕は一応,面倒だとごねてみた.でも,そういう僕の思考もすべて理解した顔をして,先輩は僕の顔を覗き込むようにして、目を細めて笑う。
手を繋ぎたいな.そう,強く思った.
「んー、じゃあ出しましょう」
「よろしい」
 秋らしさを孕んだ風が吹く。すっかり藍色に染まりきった辺りに街灯の明かりが灯り始め、犬の散歩をする少年や,買い物帰りの主婦とたまにすれ違う。
 平和な夕暮れ。
 少し寒くなってきたからそろそろ冬服を出さなくちゃいけない。
 先輩に服、また選んでもらおう。
「寒くなってきましたね、先輩」
「そだねー、ああ、また冬服買いに行こうか?」
 今年はお揃いのマフラーを買うなんてしたら、喜んでくれるかもしれない。こう見えて、年上のくせに子供っぽいところあるからな先輩は。
「腕、しんどくない? 手伝ってあげよか?」
家も近付き,人影も少なくなってきたところでやっとその助けの言葉をかけてくれた.僕は,ありがたくその言葉を受け入れる.これで片方ずつで手をつなげるじゃないか.
「じゃあ、お言葉にあまえ……って、先輩」
 先輩に渡すために荷物でいっぱいの左腕を挙げようとすると、突然その左腕に先輩が腕を組んで来た。両腕を絡めて、満足そうに,幸せを溢しながらにへら,と笑う。
「手伝ってないですよ、それ」
 手伝うどころか、歩きにくいのこの上ない。ほんとうに,歩きにくい.
ああ,歩きにくい.
「私はこれで手伝ってるの、うん」
 そんな先輩を見て僕は、はぁ、とため息をつくふりをしてから、笑う。
ああ,大好きだな,と心の真ん中あたりに,ゆっくりと先輩への想いが溶けていく.浸透していく幸福.
「はいはい、ありがとう.ちか先輩」
「礼には及ばないから、こたつ出してね」
 幸せを感じる.
だらだらと繰り広げられる会話に意味なんてなくても、ただそんな時間がいつまでも続いてほしいと願う。
 幸せを感じる。
 先輩の横顔を見ているとき、先輩が読んだ本を真似して読んでいるとき、先輩が僕を呼んだとき。
 今日一番の幸せは,きっと今から狭い部屋に2人で,こたつに入ってぬくもりに包まれながら,先輩が作った鍋を一緒に食べることだ.それが,僕のいちばん.
「じゃあ,家まで競争ですよ」
 そう言って僕たちは走り出す.組んだ腕が離れないように,そっと,歩幅を合わせて,秋の夜を駆けていく.
 幸せを感じる.
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【2012/10/10 00:44】 | 日記 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
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まとめ【あきよる!】
 先輩の講義が終わるのを待って買い物に出掛けた僕たちが、帰路につくころにはすっかり日が傾いていた。 まっとめBLOG速報【2012/11/04 09:05】
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