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はるよる。
春を探しにこう。
冬の終わりを見に行こう。
夜の公園で、冷えたコカ・コーラを飲めるようになれば、それが頃合いだ。
きっと、冬の終わりを見ることができる。
オリオン座が沈む。朝起きたときに、毛布が足元に寄っている。マフラーが干してあるベランダ。
そっと、見届けよう。冬の終わりを見届けよう。冬にきちんと聞こえるようにさようならを言おう。
いなくなってしまったこと、終わってしまったことに気が付かれないというのは、とてもつらいことだから。とてもとても、つらいことだ。
僕は冬の終わりを見に行く。


春を探しにこう。
絵本を持っていくといいらしい。春は冬よりはロマンチストじゃないけれども、秋よりはメルヘンチックだから。
絵本を木にぶら下げて、歌詞のない音楽をかけていると少しずつ草むらや土の中、冬服の隙間や自販機の裏側からひょこりと春が顔を出す。
そっと、近づこう。つよい風を起こさないように、ゆっくりと”のび”をするように近づこう。

春はたいていあくびをしている。桃色や黄緑色をしている。
四角形ではなく、楕円形に近くて、ふさふさというよりも、わさわさという感じ。
木琴の音、リコーダーの音、4年前を思い出す匂い、あたたかい春。
きみは小悪魔だ。そんなかわいらしい音と、色と、においをしているのに、連れてくるのはもやもやとした行き場所のない「このままでいいいのか」という形のない不安。

春を探しに行くのはとても楽しい。それは、ピクニックみたいなものだから。
冬のせいで硬くなった体をほぐすのにちょうどいいイベント。わくわくとして、いつもは買わない甘いパンなんて買ってしまうような浮足立つ空気。
そして、いつも同じように春を見つけたときにその不安のことを思い出して少しだけ後悔するのだ。

ずっとこのままでいたいと思う?

みつけたたくさんの春はそう問いかける。こどもみたいに、問いかけてくる。

ずっとこのままでいようね。

そうぼくは春たちに返事をして、綿毛を飛ばすように息を吹きかける。春たちは3月の風に乗って、飛んでいく。
ふわふわと。ゆらゆらと。
木琴の音、リコーダーの音、あの頃を思い出す匂い、あたたかい春、それは冬の終わり。
なにかが始まるということは、なにかが終わる時なのだ。

いやだなあ、と僕は思う。
変わることが嫌だなあ。冬の初めにした決意は、冬の終わりに不安に変わり、僕の大好きなひとの唄によって、もやもやの種になる。
この種をどうしよう。春は、芽吹きの季節だ。
この種をもったまま進むと、きっと芽が出て、成長して、僕の腕を飛び出してしまう。
草むらに返そうか、土の中に埋めてしまおうか。自販機の裏に置いてこようか。

春と一緒に生まれたこの種を、僕はどうすればいいのか。

春を探すために持ってきた絵本を開いてみる。
犬と犬のお話。きっと、幸せなお話だ。
種はこの本の間に挟んでおこう。
そうすれば忘れることもないし、芽吹いて雲の上までツルが伸びることもない。
自分をあきらめきれないから。僕はいまはそうすることしかできないのだ。
成長も、進化も、尊敬もいらないから、僕はもう少し、君といたいのだ。

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【2015/03/28 00:40】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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