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シグナル①
シグナル、シグナル。
応答してよ、シグナル。聞こえていますか。
点滅を繰り返す街灯。
それはシグナル。ちかり、ちかりと白と黒を繰り返す。蛍光灯がはなつ、死に際のシグナル。じじじ、という音。電流が流れる音。それを受け止めきれない蛍光灯は点滅を繰り返す。

世界はシグナルに満ちている。そのことを9歳児のボーイが教えてくれた。思い出させてくれた。
人の通らない道にも信号機は点るということ。
想像してみよう。世界中のシグナルを。
深夜の信号機、停止になったままの線路信号、暗い道を歩くスマートフォンの明かり。メールの着信を告げる点灯。まばらなマンションの明かり。電波塔の赤い光。ゆっくりとした点滅。それは息を吸って、吐くように消えては、また光る。
シグナルは世界の呼吸。世界が生きている証なのだ。寝息のようなシグナル。荒い呼吸のようなシグナル。
僕は点滅する蛍光灯の下に立って、見上げる。近すぎる、手を伸ばせば届いてしまいそうだ。
寂しいなと、僕は思う。寂しいシグナルだなと僕は思う。
さようなら、またね。またよろしくね。
ちかり、ちかり、ちかちかり。

また、よろしくね。の言葉を僕は決して言い忘れない。
さようならばいばい、で別れる人生なんて僕は認めない。

じゃあ、また来週に。
そう言って、別れた夜のことを思い出す。僕たちは同じ速度で自転車漕いでいた。あの頃の話だ。今はもう別々の乗り物に乗って、別の道を進んでいる。
速いバイクに乗っている。チャイルドシートを乗せた車に乗っている。自転車に乗るのはもう、きっと僕くらいだ。
それでも、歩く速度は変わらなくて、そのことに笑いそうになる。泣きそうになる。いつか、並走する日を夢に見ている。
何年振りなんだろう。また、来週に、と別れる夜は。
時刻を告げるシグナル。メールの着信を告げるシグナル。
彼らはその中に消えていった。彼らの背中を見送らずに僕はその場を後にする。それができる夜に僕は震える。何かを残していきたいなと考える。こういう瞬間を残していきたいなと思う。
さようなら、またね。また来週ね。
ぴぴぴ。

またね。の言葉に僕は縋らない。
きっと、そんなもの必要ない世界がきっと、僕の欲しい世界なんだ。

シグナル、シグナル。
教えてよ、シグナル。聞こえていますか。
今を伝える術を。この時を誰か、伝える方法を。
僕はどうすればいいの。ちかり、ちかりと僕は点滅できないから。
シグナルボーイも、その答えをきっと、知りたい。
【2015/05/10 22:57】 | 詩とか. | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
あしふみ。
僕は時折、自分を見つける。
駅の改札で、会社の窓から見える街並みに、すごい速さで進む新幹線から見える風景の中に、自分の姿を見つける。
同じ服を着た自分。同じ眼鏡をかけた自分。同じ歩き方をしている。そして、きっと同じ声をあげて笑っている。
昨日も、駅のホームで自分を見かけた。
あれはきっと、左利きの僕だ。あの時のあの選択で、右を選んだ彼の姿。彼は僕の知らない色のスーツを着ていた。僕と同じスマートフォンを触って、じっと来る電車を待っていた。
僕は誰なんだろう。あそこで電車を待っているのが僕だとしたら、いまの僕は誰なのだろう。どっちの僕が、正しいのだろう。
そんな僕の湿ったティッシュペーパーみたいな疑問は、ホームに進入してきたオレンジ色の電車の騒音によってかき消されてひらひらと飛んで行ってしまう。瞬間、あふれ出た人の波にのまれて消える。
疑問を感じた方が偽物なのだ。


僕は時折、自分を否定する。
恋人の涙の、一人でお酒を飲んだ後の溜息の、すごい速さで変わっていく街並みと人の成長のせいで、自分を否定する。
気が付けば春になっていた。桜も散り、知らないうちに僕は、知らない人たちと笑うことができるようになっていた。3月の僕はどこに行ったのだろう。焦ってポケットを探してみても、入っていたのはガムの包装紙と、英会話スクールの広告だけだ。あの頃の僕は、きっと彼女の中にしかいない。
水槽の中で居心地が悪くなって、息苦しくなってももう遅い。僕は広く深い大海原で餌を探し出す度胸もなくて、こうして水槽で降ってくる餌をつつくことしかできないんだ。僕には大海原を泳ぐシュッとした腹ビレももっていない。巨大タコと戦う毒針ももっていないし、人魚姫を魅了する鋭い眼光ももっていない。
波に逆らうことが怖いのだ。

少し世界が傾いている気がする。
僕が偽物だから、この世界に適応していないからこうなるのか。
もしかしたら右斜めに傾いて生活をすれば僕は僕でいられるのかもしれない。常に分度器をもった生活。

ずっと足ふみをしている気がする。
僕の知らないうちに、僕の知る彼らは前に進んでしまう。みんな東京へ行ってしまう。
僕は普通だ。信じられないくらいに普通だ。
特別に憧れ、平凡を否定して、自分の可能性を捨てきれずにいる。大海原を泳ぐシュッとした腹ビレも巨大タコと戦う毒針も、人魚姫を魅了する鋭い眼光ももっていないくせに、いまだに空を飛べる気がしている。空は飛べなくとも、肺呼吸はできるような気がしてる。
東京にあこがれ、オシャレな靴を履いて、舗装されていない土の道を歩く。星を見分ける目はもっている。空は飛べないし、肺呼吸もまだ覚えていないけど、少しだけの間、息を止めて海辺を歩いている。ずっと足ふみをしている。
【2015/04/22 23:51】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
びいだま。
少年のころに校庭に埋めたビー玉からは、いったいどんな芽が出たのかな。
【2015/03/29 11:55】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
はるよる。
春を探しにこう。
冬の終わりを見に行こう。
夜の公園で、冷えたコカ・コーラを飲めるようになれば、それが頃合いだ。
きっと、冬の終わりを見ることができる。
オリオン座が沈む。朝起きたときに、毛布が足元に寄っている。マフラーが干してあるベランダ。
そっと、見届けよう。冬の終わりを見届けよう。冬にきちんと聞こえるようにさようならを言おう。
いなくなってしまったこと、終わってしまったことに気が付かれないというのは、とてもつらいことだから。とてもとても、つらいことだ。
僕は冬の終わりを見に行く。


春を探しにこう。
絵本を持っていくといいらしい。春は冬よりはロマンチストじゃないけれども、秋よりはメルヘンチックだから。
絵本を木にぶら下げて、歌詞のない音楽をかけていると少しずつ草むらや土の中、冬服の隙間や自販機の裏側からひょこりと春が顔を出す。
そっと、近づこう。つよい風を起こさないように、ゆっくりと”のび”をするように近づこう。

春はたいていあくびをしている。桃色や黄緑色をしている。
四角形ではなく、楕円形に近くて、ふさふさというよりも、わさわさという感じ。
木琴の音、リコーダーの音、4年前を思い出す匂い、あたたかい春。
きみは小悪魔だ。そんなかわいらしい音と、色と、においをしているのに、連れてくるのはもやもやとした行き場所のない「このままでいいいのか」という形のない不安。

春を探しに行くのはとても楽しい。それは、ピクニックみたいなものだから。
冬のせいで硬くなった体をほぐすのにちょうどいいイベント。わくわくとして、いつもは買わない甘いパンなんて買ってしまうような浮足立つ空気。
そして、いつも同じように春を見つけたときにその不安のことを思い出して少しだけ後悔するのだ。

ずっとこのままでいたいと思う?

みつけたたくさんの春はそう問いかける。こどもみたいに、問いかけてくる。

ずっとこのままでいようね。

そうぼくは春たちに返事をして、綿毛を飛ばすように息を吹きかける。春たちは3月の風に乗って、飛んでいく。
ふわふわと。ゆらゆらと。
木琴の音、リコーダーの音、あの頃を思い出す匂い、あたたかい春、それは冬の終わり。
なにかが始まるということは、なにかが終わる時なのだ。

いやだなあ、と僕は思う。
変わることが嫌だなあ。冬の初めにした決意は、冬の終わりに不安に変わり、僕の大好きなひとの唄によって、もやもやの種になる。
この種をどうしよう。春は、芽吹きの季節だ。
この種をもったまま進むと、きっと芽が出て、成長して、僕の腕を飛び出してしまう。
草むらに返そうか、土の中に埋めてしまおうか。自販機の裏に置いてこようか。

春と一緒に生まれたこの種を、僕はどうすればいいのか。

春を探すために持ってきた絵本を開いてみる。
犬と犬のお話。きっと、幸せなお話だ。
種はこの本の間に挟んでおこう。
そうすれば忘れることもないし、芽吹いて雲の上までツルが伸びることもない。
自分をあきらめきれないから。僕はいまはそうすることしかできないのだ。
成長も、進化も、尊敬もいらないから、僕はもう少し、君といたいのだ。

【2015/03/28 00:40】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
あまくて。
寂しい気持ちになった時に、チクチクする部分がある。
僕はそこの名前を知らない。

何度も、何度もそこはちくりと痛み、少しのもやもやと苦みと、成長をのこして消える。
春が来るのだ。
僕はこんな気持ちの時、とてつもない孤独感に襲われる。敗北感と、不安と、もどかしさ、今すぐドラえもんを呼び出して
ここではないどこかへ行きたくなる。走り古した軽四輪車では行くことができない、どこかへ。
2万円くらい出したら、最近は簡単にすごく速い乗り物に乗れるから、もしかしたら行けるのかもしれない。

寂しさが追い付かない速度。
それは音速よりも速い。寂しさは、音楽とともにやってくることが多いから、きっと音速程度の速さでは振り切れない。
気が付けば、感傷に浸ることが得意になっていた。
自分に酔うことが多くなった。
ひとりで生きることに慣れてしまったからだ。

かっこわるいな。
コーヒーをブラックで飲むことを得意げに思うくらいに、それはカッコ悪い。
もっと寂しがって、ひとに縋って、もやもやを投げ捨てて生きていけばいいのだ。

子どもみたいに、生きていけばいいのだ。甘いものをほしがって、苦いものを吐き出して生きていけばいい。

もっと、世界が甘くあればいい。
甘くて、甘くて、虫歯とかが常識の世界になればいい。ピーマンと、とんがらしと、青汁が迫害された世界。
塩は甘みとの対比効果が認められてひっそりと暮らしている。

コーヒーをブラックで飲まなくてもいいし、OLも日々のカロリーに頭を悩ませなくても済む。
ハッピーじゃないか。
新幹線の車内販売の女の人が配る甘いスティックシュガー。
駅前でコンタクトレンズのチラシと一緒に配られる果糖シロップ。
僕の手はべたべたとしている。

いいじゃん。
バレンタインは祝日になっています。

シロップをかけよう。
それですべてが甘くなります。

寂しい気持ちになった時に、チクチクする部分がある。
僕はそこの名前を知らない。
でも、シロップをかけたらきっとそこもただの甘い物体となる。
そして、そのまま食べてしまおう。

昨日の後悔にもシロップをかけよう。
今のストレスにもシロップをかけよう。
肩こりにも、壊れた充電器にも、新しいCDにもシロップをかけよう。
食べてしまえ。
甘くして、簡単に、気が付かないうちに、食べてしまえ。

ノンシュガーなんてぶっ壊せ。
かっこつけるな。それが本心なら、おまえはもう大人にはなれない。間違った大人になってしまっている。
いつかの苦い思い出にも、シロップをかけよう。
さようならにもシロップをかけてしまおう。
タバコがじりじりと炎に溶けていくのを見ながら、そんなことを考えている僕の脳みそにもシロップをかけよう。


【2015/03/19 04:15】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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